台湾海峡危機とキュ―バ危機![驚愕]

台湾海峡危機で、核戦争の発生の可能性があったとの

コメントがありました。

昔にも、こんなことがありましたよね。

ケネディー大統領が有名になったのは、

キュ―バ危機でした。

コメント

米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は22日、

中国が台湾・金門島に砲撃を加えた1958年の第2次台湾海峡危機の際、当時の米軍や米政府内で検討された中国本土への核攻撃に関する議論の詳細を掲載した。

元国防総省職員で戦略研究家のダニエル・エルズバーグ氏(90)が入手した機密文書に基づき、

「台湾をめぐる核戦争のリスクは、これまで知られているのより大きかった」と伝えている。

エルズバーグ氏は71年、米政府のベトナム政策に関する機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」を暴露したことで知られる。

台湾に関する文書も同時に入手し、2017年にオンラインに掲載。

その当時は注目を集めなかったが、台湾海峡をめぐる米中対立が高まる中、広く公開することを決断したという。

ウイキペディア

1958年8月23日中国人民解放軍は台湾の金門守備隊に対し砲撃を開始、44日間に50万発もの砲撃を加え、金門防衛部副司令官である吉星文趙家驤章傑などがこの砲撃で戦死している。

この砲撃に対し台湾側は9月11日に中国との空中戦に勝利し、廈門駅を破壊するなどの反撃を行った。

この武力衝突でアメリカは台湾の支持を表明、アイゼンハワー大統領は「中国はまぎれもなく台湾侵略」を企図しているとし、また中国をナチスになぞらえた。

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9月22日にはアメリカが提供した8インチ砲により中国側への砲撃を開始、また金門への補給作戦を実施し、中国による金門の海上封鎖は失敗、台湾は金門地区の防衛に成功している。

9月29日、蔣介石は金門島の危機に際してはアメリカの支援なくとも中国と戦闘態勢に入ることを述べた。

10月中旬、ダレス国務長官は台湾を訪れ、台湾に対してアメと鞭の態度で臨むことを伝えた。

つまり蔣介石が金門・馬祖島まで撤収することを条件に、援助をすると伝えた。

蔣介石は10月21日からの三日間の会談でアメリカの提案を受け入れるが、大陸反撃を放棄しない旨もアメリカへ伝えた。

10月6日には中国が「人道的配慮」から金門・馬祖島の封鎖を解除し、一週間の一方的休戦を宣言し、アメリカとの全面戦争を避けた。

1959年(昭和34年)9月、健康上の理由で首相を辞職した石橋湛山は回復後、私人として中華人民共和国を訪問し、9月17日周恩来首相との会談を行い、冷戦構造を打ち破る日中米ソ平和同盟を主張。

この主張はまだ国連の代表権を持たない共産党政権にとって国際社会への足がかりになるものとして魅力的であり、周はこの提案に同意。周は台湾中華民国)に武力行使をしないと石橋に約束した(石橋・周共同声明)。

のちの日中共同声明に繋がったともいわれるこの声明および石橋の個人的ともいえる外交活動が、当面の危機を回避することに貢献した。

まとめ

これらの内容を考えてみると、これからも、核戦争の危機は、あると

考えるべきでしょう。

しかも、場所は、すぐ近くですから、対岸の火事という感覚で、見ているわけにはいきませんね。

明らかに、今の中国は、覇権主義を進めていて危険な国になっていると考えるべきでしょう。

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